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腎不全から腎臓がんへ3

そんな中、とても嬉しいことがありました。
利尻のはなちゃんが、遊びに来てくれたのです。
ゾフィは、本当にワンコ好き。しかも、はなちゃんは大好き!
一時は、毎夏、涼しい利尻に行っていました。
利尻の自然の中を、一緒に走り回りました。
はなちゃんも、時々、札幌に来てくれていました。
  ゾフィはすごくすごくうれしそうでした。

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お散歩には出られないので、外の風を感じてもらいたくて、たんぽぽを。
  花は季節を感じさせてくれます。
早く、暖かくなってほしい。そうすれば、外の空気の冷たさが和らぎ、呼吸も楽になるかも。
  そう思う一方で、時がたつことは、病状が進むことでありました。
たんぽぽを見つけると、「たんぽぽが咲くまで生きていてくれた」と思うと同時に、「桜までは無理かも」とも思うのです。

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家族で桜が見られました。
  去年は、桜の中を毎朝、お散歩していました。毎年、それは続いていくはずでした。
でも、今はどんな季節の風景も、最期であることは間違いない。
  風景がいつもとは違って見えました。ゾフィと見られる風景はこれが最後なのです。
たんぽぽとゾフィ、桜とゾフィ。それは特別なことでした。

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きゃらは苦しくなると自分から酸素室に入ってくれたのですが、ゾフィは嫌がります。
仕方がないので、マスクを通して酸素を送るのですが、これもお気に召さないようでした。

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マスクを押し当てると顔をそむけてしまうし、離すと効果がないし。
  仕方がないので、さらに高濃度になるようにホースだけにして、鼻の先に当てました。

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私もおとやんも、なるべく家にいるようにしていました。
こんなに長い時間を共に過ごしたことはありません。
  それでも仕事で不在にする時間はあるので、不安は尽きません。
病院で「日中、預かってもらえないか」とも聞いてみましたが、先生は、「きゃらくんもいるし、ゾフィちゃんは、神経質な性格。自宅にいるのが一番だと思う。帰ったら死んでいるということはありえる。それでも、家にいる方がいいと思いますよ」と言い、確かにそれもそうだと受け入れることにしました。

とにかく後、何日一緒にいられるか分からない。
  その貴重な時間を家族で過ごそうと思いました。

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5月14日。恒例のライラック写真です。
 残念なことにライラック祭りの準備のため、いつものライラックに近づくことが出来ませんでした。
そろそろ一緒に外に出られるのも最期かもしれないと毎回、思いながら、それでも一緒にライラックが見られたことは、喜びでした。
この日は来ないと、どこかで覚悟もしていたので。

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ゾフィの病状は徐々に進んでいきました。
先生から、「もう好きなものを食べさせてあげてください」と言われ、インターフェロンもやめました。
腎臓が悪くて死ぬのではないということは分かっていましたが、
「肺がんで呼吸困難で死ぬわけでもありません。衰弱死します」と説明されました。
既に筋肉は無くなり、足は骨と筋だけという状態でしたが、体は丸いままです。
   だから衰弱死というのはピンと来なかったのです。

ごはんを普通食に変え、食べたいおやつをあげるようになったら、食欲も出て、うれしそうでした。
大好きなおとやんの手作り砂肝ジャーキーもたくさん食べました。
お肉やらお刺身やら、たんぱく質ばかり、もりもり食べました。

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しかし5月末になると、次第に食欲が落ちてきました。

6月に入り、どうも右目が飛び出しているように見えます。
   目を閉じず、ずっと私を目で追っています。
なんだか切なそうなので、病院で見てもらうと・・・
  緑内障。眼圧が高くなっていて、既に見えていないとのことでした。

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お薬をもらい、どうにか苦しそうな様子は無くなり、目も閉じるようになりました。
しかし、今度は左目に大量の目ヤニが出て、真っ白に。
これでは両目が見えないだろうと、また病院で薬をもらい、結局、こんなに増えてしまいました。
それが6月4日のことでした。

「衰弱死」と言われていたので、もう少しもつ、まだ立って歩けている、痩せてはいない。
そんな思いもむなしく、
6月9日夜12:30頃、立ってうろうろし始めました。
  立つ時には、お水を飲むか、おしっこです。
ふらふらしていて危ないので、抱えて水やトイレに連れていきますが、違うようです。
ひたすらうろうろします。

既に寝ていた、おとやんを、「様子がおかしい」と起こしました。

私たちに出来ることは、何もないのです。
まずは酸素室に入れようと、中に入れましたが、
「出たい。出して」
「少し我慢して入ってて」
酸素室の中でも落ち着かず、立ち上がります。
  酸素室の中で目をむいたまま倒れたのを、おとやんが起こすと、一旦は立ち上がり、そして
    もう一度、おとやんの腕に向かって倒れ・・・
それが最後でした。

人工呼吸も二人でしてみましたが、息を吹き返すことはありませんでした。

灯が消えるように腕の中で息をひきとるものだと思っていた私は、どうしても納得がいかず、
「帰ってきて」と何度も呼びかけましたが、これが最後のお別れになってしまいました。

ゾフィとの思い出はやまほどあります。
  いろいろなところに出かけ、貴重な体験や出会いをしました。
でも不思議なことに、記憶が上書きされ、思い出すのは、最期の数日ばかりです。
元気で豊かな表情を見せてくれていたゾフィは遠いのです。

ブログやたくさんの写真、動画の存在はありがたく、それを見ては元気な頃のいつものゾフィに出会うようにしています。

今はまだ、全てが夢のようです。
  ゾフィがいない今が夢のようでもあり、ゾフィがいた日々が夢のようでもあります。
現実として、どう受け止めていいのか分からないのでしょう。

だれもが通る道だし、これだけ介護が出来たのは幸せなことだとも思っています。
そしてなにより、ゾフィのような子はどこにもいない。
  こんな子と巡り合えた幸せを、かみしめています。
だれよりも愛していたし、今も愛しています。
大好きで大好きで大好きです。

闘病を書くことはつらいけれど、私にとっては喪の作業でもありました。
長文にお付き合いいただき、ありがとうございました。

そしてゾフィを愛してくださって、ありがとうございました。


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腎不全から腎臓がんへ2

腎不全になったゾフィと、がんばっていこうと、ようやく気持ちも落ち着いてきました。
血液検査も毎週、していましたが、ほぼ正常値になってきました。

ところが3月7日。私が出張から帰ると、出迎えてくれたゾフィが左後ろ足をあげています。
明らかに、痛いようです。
落ち着かず、足が痛そうなのに、うろうろします。既に夜中の0時でした。
2時。キャンと鳴き、とうとう足をつくことが出来なくなり、
夜間救急に走りました。

腎不全で治療中であること、3歳の時にヘルニアがあったこと等を伝えたところ、
いろいろ調べてくれ、伝えてくれたこと・・・
「ヘルニアではないようです。十字じん帯ではないかと思われますが、様子を見ても大丈夫でしょう」
一安心していると、
「ただ・・・」と言いにくそうに、続けました。
「ヘルニアの既往があるということだったので、上部からのレントゲンを撮ってみました」
見せられたのは、胸部のものでした。
「肺に映る白い丸い影は全て悪性腫瘍です。転移性のものなので、おそらく腎臓からの転移です」
「この状態だと、早ければ数週間。長くても半年ということはないかと」

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不思議と涙は出ませんでした。
腎不全と伝えられた時は、病院で大泣きしたのですが。

今回は、むしろ覚悟のようなものがありました。
肺の状態はあまりにもひどく、既に手遅れであることを受け入れるしかありませんでした。
おとやんと二人、無言のままに帰宅しました。

日を変えて主治医と会いました。既に救急からは添書が言っていました。
「早いな・・・」と先生がつぶやきました。
あっという間に腎数値が悪くなり、転移。
  この肺の状態では、普通に呼吸出来ていることが不思議なぐらいだとのこと。

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どこに酸素が入っていっているのか分からないほど、肺が癌でいっぱいなのにも関わらず、
ゾフィは普通に呼吸をし、たまに外を歩くと、息切れもせずに歩きました。

私たちは、極力、普通の生活、平穏な日常をなるべく長く送らせてあげることを選択しました。
痛みどめは、腎不全の子には使えないということで、薬はステロイドを使いました。
緩和ケアですが、犬にはモルヒネに関するエビデンス(治療効果の証拠)はほとんどないとのこと。
そもそも腎臓がんは少ないので、治療法も確立していないのです。

主治医がインターフェロンに精通していたので、使ってみましたが、効果はなかったように思います。
この他にサプリメントとしてハナタケをネットで買い、飲ませていました。

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4月1日
やっかいなことに、良性腫瘍はどんどん大きくなり、とうとう首のつけねに二つあった腫瘍が破れてしまいました。
手術で取るしかありませんが、麻酔が使えません。
局所麻酔でピンポン玉大の二つの腫瘍を除去しました。9針縫う手術でした。
相当な痛みにも、手術中、微動だにせずに、ゾフィは耐え、先生もスタッフのお姉さんたちも、
「本当に偉い、偉すぎる」とほめてくれました。
しかも、術後はステロイドも使えず、どれほど痛かったかと思いますが、鳴くこともありませんでした。

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試練は次々、襲います。
時々、足の痛みが出るのです。
4月24日、また夜中にギャンと悲鳴。
ステロイドを増量する以外、出来ることはありません。
足の負担を減らすために、下半身が浮くように座布団を積み重ね、工夫し、体を固定しました。
大量の水を飲み、おしっこを頻繁にするので、朝までこのままというわけにもいかず、
何度もトイレまで13キロのゾフィを運びました。

床掃除やら洗濯やらに追いまくられる日々でしたが、
ゾフィが気にしないように、私も明るく、元気に、こんなことはなんでもないという風にふるまっていました。
実際、ゾフィさえ元気にいてくれたら、そんなことはいくらでも続けられると思っていましたし。

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この他にも外耳炎になっていたり、いろいろありました。
腎臓や肺のことばかり気にしていると、つい抜けてしまって、耳のことまで気が付かなかったのです。

次第に筋肉が無くなり、足がどんどん細くなって、ふらつくようになってきました。
左足は感覚がないようで、おしっこを直接かけてしまうこともありました。
思わず「あ~~~」と出る声を、あわてて押さえることもしばしば。

ショップで一番厚手のワイドシートでも吸いきれないほどの尿量なので、
する度に変えなくてはなりませんし、した後は、足が濡れるので、拭いてあげる必要があります。
夜中も1~2時間おきにサポートが必要でした。

本犬が一番、つらいだろうと、ゾフィが気にしないように、いつも「大丈夫、大丈夫よ。なんでもないからね」
と、なでていました。

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